先日ジェンダーの本を読んでいたら興味深い事が書いてありました![]()
男性作家の描く恋愛と女性作家の描く恋愛は、どうしてこんなに違うのだろう?と。
昔の文学からそうだけど、現代の渡辺淳一の描く女達が、
あきれるほど女の実像から離れていたり、
宮本輝の小説に出てくる女性の言葉使いが、
「ドラえもん」のしずかちゃんにそっくりの女言葉だったりで、
所詮男の描く女像は男の妄想の産物、
あるいは取得し処分する消費財でしかないことが多い。
高校の教科書に採用されていたことで問題になった島尾敏雄の「春の日のかげり」に登場する、
侮辱されても「かまいませんのよ」と応える女などは、代表例と言えるだろう・・・
と。更に
女言葉には、怒り、断定、命令が表現しづらく、同調や依頼は表現しやすいなどの特徴があるため、
女が標準的な(つまり男性的な)言葉を操ろうとすると「乱暴だ」「女らしくない」と耳を傾けてもらえないことになる。
しかし、女言葉で論理的に語ろうとすれば言葉の性質上無理が生じるので
「女の話は回りくどくて聞いてられない」といった反応を招き、
どうにもならないアリ地獄にはまってしまう。
言語学的転回論(言葉を通して気質がつくられる)に立てば、
ジェンダー化された言葉を介して生きる男と女の対話は困難だということになってしまうが、
本来言語は相互理解道具のはず。
分かり合える未来を信じたい。
・・・と書いてありました。![]()
思わず女性学研究家の田嶋陽子さんを思い出してしまいます
(個人的にファンです
)
小学生の頃、兄の影響などで口の悪い私は、よく母に怒られました![]()
「言葉遣いに気をつけなさい!女の子でしょ!」
何で兄が良くて、私はダメなんだろう?と疑問に感じていましたが
母親になった今は、同じことを娘に言ったりしています![]()
女どうこう、言葉遣いを正しくすれば良いんですよね・・・(反省
)
でも、女らしさを求められたら、確かに嫌だけど、
男らしくない男も嫌かも(笑)
ん~難しいなぁ~~~~![]()